忙しいのは好みません、羽山です。
何事も自分のペースが好きな自己忠女を自負しております。
自分に忠実であること。
それは私の人生のテーマであると。
やりたいことをやり、食べたいものを食べ、愛するものを愛す。
それはすべての人が望むこと、つまり、普遍なのではないかと、そう思うわけです。
しかし世は年末。
世紀末より若干地味であるこの響きは、しかし「毎年やってくる」という点において、世紀末よりもウザいのでありますからして。
大掃除をしろ、決算書を提出しろ、今年一年を振り返ってみろと、
私に畳み掛けてくるのです。
この「年末」という言葉は。
年末。
嫌いです。
ペース乱されるから。
そもそも、「年末」という、何かが終わっちゃいますよ的な言葉だから焦っちゃうのよみんな。
絶対そう。
「はーい、終了時間ですよー、出てってくださーい」
とか言われたらさ、
「やり残したことはないかしら、忘れ物はないかしら、あらやだこれやってなかったわ」
ってなるじゃないですか。
カラオケとかもさ、レパートリー思い出せるの終了間際じゃないですか。
最初は「何歌ったらいいかわからーん」とか言ってたやつも、
終了10分前の電話かかってきた途端「まだ歌えるやろ」と言わんばかりに予約し始めるじゃないですか。
最初の恥じらいはなんだったんだお前、と。
なに躊躇いなくアニソン入れてんだお前、と。
つーかお前それアルバムの曲だろ、しらねえよ、と。
終了間際って言う言葉に弱いんです人間は。
限りあるものに敏感なんです。
だからタイムセールは売れるんですよ。
一年、なんて区切りをご先祖様が作っちゃったお陰で、
私は今てんやわんやですよ。
どうしてくれる。
そんなことを考える私は、
しかしご先祖様への恨み節なんかこんなところに書いて、
ご先祖様の逆鱗に触れたら怖いというチキン野朗なので。
「年末」という言葉を変えてやろう、と至極建設的なご提案をここに記すわけです。
すなわち、「年待つ」。
「新しい年を待つ」ということで、「年待つ」。
このように考えたらさ、「あーもう終わっちゃうわ、あれもやってこれもやって、急がなくっちゃ」
という焦りよりも、
「来年はまだ来ないのかよ~おせちも用意して待ってんのに、おい、まだ来年から連絡ないのか?
ったく、遅れるなら電話の一本くらいよこせよな」
っていうある種期待とも取れる感情が沸き起こってくると思いませんか。
あれ、私だけかしら。
まぁ読み方はこれまでと変わりませんから。
要は気の持ちようですがね。
私は「年待つ」という言葉に乗り換えていきたいと、こう思う次第であります。
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COMMENT
無題
小気味良い!
年待つ 使っていきたいと思います!
使って使って~
お褒めに預り光栄にございます。
ありがとうございます。
モットーは
「練りに練った文章を、あたかも思いつきで書いているかのように記す」
です。
練りに練れているかはさておき、思いつき感はピカイチであります。
年待つ、使ってみて。
誰も気づかないと思うけど。